夏の匂いがする。

玄関を出た瞬間、蝉の声と湿気を多く含んだ空気に包まれる。

照りつける日射しに目を細めながら車に乗り込み、熱気をたっぷり溜め込んだ車内にうんざりしながら素早くエンジンをかけ、窓を開ける。

いつ入り込んだのかわからない蜘蛛を目の端に捉え、逡巡した後、見なかったことにする。

「蜘蛛でもなんでも生きてるんだから殺すのはかわいそうじゃろ」

そうだね。全くその通り。

優しいあなたの言いつけをできるだけ守って生きていきたい。

小さな頃、蛍を一緒に見に行った。

たくさんの光が水辺で揺れていた。

捕まえようとする私を優しく制して、ただ静かに眺めるものだと教えてくれた。

それから20年程たった夏のある日、久しぶりに一緒に蛍を見に行った。

ひとつも光は見えないまま、コンクリートの冷たい感触を踏みしめて帰る途中、問いかけてみた。

答えを知りたかったわけではないんだと思う。答えはたぶん、私の中にしかないのだから。

「一生懸命、生きてくれたらそれでいい」

そうだね。全くその通り。

真面目なあなたの言いつけをできるだけ守って生きていきたい。

本当に、そう思うんだ。

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