大人になると

大人になると、どうして人が自分の期待通りに行動してくれないのか、少しはわかるようになって、寛容というか、あきらめのような気持ちになることが多くなります。

けれども、そういう意味での「大人」になるのは実際はなかなか難しくて、特に私は、人に「こうあるべきだ」、とか必要以上の期待をする傾向にあるので、常に他人に失望したり、怒ったりしていて、たいてい「大人」になれません。

大人になると、必要以上に他者に期待しないので「優しく」なれますが、しかし実際は、単に「愛が薄れている」だけなのかもしれません。だから、他人に怒ったりするというのは、実は他人に関わろうとするエネルギーがあるということで、時には必要なのかも、とも思います。

私がいつもいちばん許容できないのは、いわば「忖度系の組織型人間」です。何というか、制度やルールをかさにきて、常に小さな権力を振るおうとする、権威主義型、官僚型、教頭先生型のパーソナリティです。やっぱりこればかりは、「寛容」になれません。

よく、「大人になれ」という時に、「組織に順応した丸い人間になれ」と同義で使う人がたまにいますが、もし「大人」がそういう意味なら、「大人」こそが、あらゆる場で社会の創造性を妨げ、多くの巨大な暴力の根源となっているのだと感じます。

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