ネットより読書の方が格上

読書は大切。

ネットであらすじや抜粋記事を読んで大体の事は分かるけど、実際に一冊読んだのとではやはり認識が違う。

ネットだとどうしても、その抜粋部分がその人の思想のすべてだと思われがちです。

ネットはあくまで、読書のキッカケの情報ツールとして考えるべき。

もちろん、ネットには出版社やメディアが書けないことも拡散されるので貴重ではあります。

しかしそれももう昔の話。

現在、「宗教右派」と呼ばれる人々が多数を占める「日本会議」がそうであるように、これらの組織力と人塊戦術で、検索結果が特定の思想で埋め尽くされており、バランスの取れた記事に出会う確率は宝くじなみになっていると考えた方が良いです。

特に政治、歴史、等時事的な問題に関してはそれが顕著です。

もはや時事的な問題に関しては、ネットという存在は、いたずらに憎しみとパニックを巻き起こす害悪にしかなっていません。

それでも、そういう時事的なものとは無縁にコツコツとネットを含め、あらゆる活動を行って警鐘を鳴らしたり、役に立つ情報を載せてくれる人はいます。

僕の中では、今それに該当する人を挙げるとすれば、「裸足ランニング」で最近有名になっている吉野剛さんでしょうか。

こうして細々と、自分の名前を出して活動している人を発見したりする事こそが、ネットの醍醐味だと考えています。

ところがニューススレッドサイトのような匿名コメントで埋め尽くされるような記事ばかり見ると、知能と情感が汚染されます。

自分の嫌いな人、組織、国。

自分と同じ考えの人が集まるサイトばかりに目が行き、はたから見たら、人間として非常にレベルの汚い罵りでしかないコメント群も、本人にとっては胸がすくほどのエクスタシーとなり、だんだんクセになるのです。

中には自ら同調し、コメントをする人まで出てきます。

いつの間にか顔も知らない、何人かも分からない人々を自分の同胞と思い込み、

「自分と同じ考えの人がこんなにいるんだ!」という、根拠のない自信を植え付け、集団心理へと巻き込みます。

コメントでは書籍の断片的な部分が引用されたりもするので、だんだん知識も付いてきて、自分もいっぱしの思想家のような気持になる。

これが非常に危険だという事が、分からない人が多いのです。

だから本が大事なんです。

本をよく読んでる人はネットを真に受けない。

それは、一冊でもしっかり読めば、読み手が作者に同意できるところもあれば、「それちょっとおかしくない?」という部分もあることに気が付きます。

逆に、冒頭で「なんだこいつは!」と思ったとしても、読み進むうちに「あ、そういう考え方もあるのか」と気づいたりします。

また、自分がいかに無知であるかを思い知らされたりもします。

Aだと思っていた事実が、実はBこそが事実だった!?という、自分の今までの認識を覆されるような経験もします。

物事にはすべて2面性があり、何もかもを全否定できるものはほとんどないという事がわかります。

そして、それが分かると、安易に他者を批判したりすることが無くなり、慎重になります。

これがネットだと、どうも万能感だけが突出して、他者の意見を受け付けられなくなります。

これが「汚染」です。

以上の話は読書の話からズレたように感じるかもしれませんが、これらはすべてつながっています。

そういう「気づき」も、読書をしているとよくわかるものです。

まとめますが、もし知識を深めたいのなら、読書は絶対です。ネットだけではわからない事がたくさんあります。

もし、この日記を読んでる人でネット記事ばかり読んでる人が居たら、ぜひ書店に足を運んだり、若しくは古本屋などはより良いと思います。

古本には時事的な本には載っていない、様々な情報があります。ぜひ活用しましょう。

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